一ノ矢天王様

 

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このお社は、その昔から「一ノ矢の天王様」と呼ばれて広く関東一円の崇敬者から尊崇されています。
伝説によると、大昔九州地方からカラスが飛んできて田畑を荒らすので、これを退治しようと天に向かって矢を放ち、第一の矢で射落とした処に御鎮座したのが、この一ノ矢八坂神社(一ノ矢天王様)だと言われています。
カラスは足が三本あり玉を持っていたので、射落とされた地域を「玉取村」としたとされております。また現在でも矢を射たところは「天矢場」、玉を埋めた処は「玉塚」という地名で呼ばれております。

天王様とは牛頭天王の略で素戔嗚尊と同一神として崇められています。牛頭天王は祇園天神ともいい水神として信仰されていましたが、やがて疫神を支配する神として信仰されるようになりました。
この神を勧請した平安京の祇園社(京都の八坂神社)では、貞観18年(876年)に疫病の大流行があり占うと牛頭天王の祟りであったことがわかり、この悪病を払うために盛大な御霊会を行いました。これが祇園祭(天王祭)の始めであるとされています。